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 八章 風はあらし [ きみのたたかいのうた ]

 長い、長い話だった。

 ぽつり、ぽつり。水滴を落とすように、カカシは低く静かな声で、全てを語った。
 白さを増した顔で、ナルトを見やる。
「ごめんね、ナルト」
 何を、と問おうとしたナルトを片手で制する。
「失ったお前がもう一度オレの前に現れたから、やり直しが出来ると思った。今度は、絶対になくさまいとおもったんだ。―――サクラに殴られたよ」
 青あざになりつつある頬を、軽く撫でる。
「オレの後悔をお前で慰めるなと怒られた。自分自身で背負って行け、ってね」
 自慢の教え子だよ。
 苦笑する、その顔が誇らしげで、ナルトは頷くだけに留めた。言葉をカカシは必要としていないように思えた。
「ナルト。お前は、何を思ったの?」
「へ?」
 話を振られて、ナルトは瞬いた。カカシが苦笑する。
「オレが死にに行った時、ナルトは何を思ったの? あの後も、お前はその気持ちを抑え込んで、何も話してくれなかった……いや、オレが拒んでいたのか」
「先生……」
 ナルトはじわりと胸が熱くなった。
「オレは……」
「うん」
 優しい目で、カカシがやんわりと促す。
「オレは、怖かった」
「怖い?」
「オレは、また一人になるのかって。置いていかれるのが、怖かった。それなのに、先生は、全然そんなこと、気にしてなくて。ううん、してたのかもしんねーけど、分かんなくて。オレを置いていくのは平気なのって、言いたかった」
「……そっか」
「うん」
「それを、あの頃のオレに、ちゃんと伝えて。オレが置いていかれることに怯えていたように、お前も怖かったんだって」
「……うん。先生、言ってもいいの?」
「言ってよ。臆病なオレを、がつんと殴ってやって、それで、この未来を変えて見せてよ」
「うん。カカシ先生」



『―――月が欠け始めた』
 ノイズが混じるような、ざらついた声が響いた。
 カカシが、ぐいとナルトを抱き寄せる。
 瞬く間に張りつめた空気を揺らして。現れたのは、ぼやけてぶれる、卑留呼の幻影。
 ゆら、ざら、と乱れる姿は色薄く透けており、この世のものではないことが知れる。だが対峙した時に感じた鬼気迫るような狂気はすでになく、静かな瞳はひたすらに凪いでいた。穏やかでさえあった。
『時間だ』
「待て、卑留呼」
 唐突にも過ぎる宣告を淡々と告げる卑留呼に、冷ややかなカカシの声がかかるい。
「お前は何がしたかったんだ? ナルトに時間を越えさせて、未来を変えようとしたのか? ―――何の為に」
 それはナルトも聞きたかったことだ。
「答えろ」
『私は全き者となるべく在った。その私を阻んだお前達は、私よりも其に近いということ。それでいてこのような体たらく……あの時敗れた私への侮辱に他ならない。私は認めない。故に飛ばした』
 傲岸に言い放つ幻影がざらり、揺れる。
「なんか、それって勝手じゃねえ?」
『私は勝手だ』
 卑留呼は微かに笑んだように見えた。
 それを見据えるカカシの眼光は緩まない。
「金環日食の残滓を利用したのか」
『そうだ。死者である私には、思念をわずかに保つだけの力しかなかった。だが、もう十分のようだな』
 どこか満足そうに卑留呼は告げる。
『歴史が変われば、時間の流れに上書きされ、この記憶は消えるだろう。だが想いは残る。私のように。変えてみせろ、―――うずまきナルト』

 呪の込められたが耳朶を打つのを最後に。
 ろうろうと流れる時の大河を遡る。



 腕を伸ばす。
 あの時夢中で掴もうとした手に、温かい手のひらが重ねられる。
 ようやく、届いた。
 安堵のままに、ナルトは笑った。
「先生、オレを置いていかないで。オレも、先生を置いていったりしないからさ。オレのところに、帰ってきてよ」
 伝えたかった言葉。
 ややあってうん、と小さな肯定が返り、おかえり、と掠れた声で告げられる。
 自分はそれだけを望んでいたのだと────ナルトは。


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